動機はともかくとして、書いている詩を完成させたい。数ヶ月前に、これはいずれとんでもないものになるに違いないと思った詩があって、それを推敲し続けているのだけど、未だ完成しない。今見返してみると、かなり稚拙で、現状の詩を提出したところで何にも掲載されないだろうと思う。今推敲している詩は4つあって、すぐに提出できそうなのは髭と蛙を殴る少年の二遍。この二つはかなり気に入っているから、提出して掲載されなかったら、勝手に公開しようと思っている。今までも何度か勝手に公開したものがあったのだけど、時が経って見返してみると、なんでこんなものに執着していたんだ、って思うものばかりで、全て消してしまった。掲載された詩に関しても、講評で褒めてもらえたはいいが、私としてはそこまで気に入っていない。作品の質というのは、作者をどれくらい超えることができるかにかかっていると思っている。だから、見返してみて、私がその良さがわからないのならば、私以上のものが書けたことの一つの証左になっているので、喜ぼうと思う。そうはいっても、頭のなかにある理想の詩があって、それを書いて、世に認められたい。何か、という詩は私の理想であって、数ヶ月前から推敲し続けている。今日見返してみたら、そこまでいいものではなかった。ただ、この先に何かとんでもなく素晴らしいものがあるのではないか、と思わずにはいられなくて、ちまちま書き換え、付け足している。このペースで詩を書けば、月に2作くらいが限度だろうか。本当は、今年に入ってから毎月、現代詩人会、ユリイカ、現代詩手帖の3媒体に詩を投稿するつもりだった。今年に入ってから投稿した詩は計1作であって、今投稿できそうなのは2作しかない。本当は、今年詩の賞をとりたかったけれど、無理かもしれない。宮沢賢治の良さがわからない。萩原朔太郎の良さがわからない。いずれわかるようになるのだろうか。昔に読んだ、ずっと好きだと思っていた漫画があって、最近Kindleで購入して読んだのだけど、大した興奮が得られなかった。本当に面白い漫画ってそう少ないのかもしれない。ネットで面白い、良いと紹介されている漫画とか映画を見てみるのだけど、そんなに面白くなくて、でも世の中はそれを評価していて、疎外感を感じる。小学生の時にハマったワンピースの面白さが、身体に染み付いて抜けない。私の言う面白いは、あの時読んだワンピースの面白さであって、あれ以上の興奮を感じることができない。
面白いと言われているものがそんなに面白くない時、そんな体験が続いた時、未来に対して薄暗い気持ちを持つ。特に、漫画を読んでいて、最初はめちゃくちゃ面白くて次々に購入していくのだけど、段々失速していって熱が冷める時、すごく悲しい気持ちになる。最近はそんなのばっかりだ。新しいものに手を出してしまうからいけないんだろうな、と思って、同じものを繰り返し読むことにした。本当に面白いと思うもの、ずっとずっと好きなものを繰り返し読んで、向き合っていきたいと思った。語彙が足りない。教養がない。早く全てを知りたい。